元、赤いスペード・黒のハート
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美脚なネズミの動画
さて、数日ぶりの更新なのに、動画が中心とはなにごとかーー
女将をよべーー


と挨拶はこのぐらいにして、
トビネズミという生き物をご存知だろうか

砂漠などの住む、乾燥地帯が好きなネズミ

羽はついてないけど、
とりっぽく見えなくもない、
どちらかというと、カンガルーなポジション

だけど、走る時は、スタコラサッサ


動画を見てもらうのが早いでしょう。





臆病らしいので、一緒に遊ぶことは、なかなかできないそうです。

ではまた次回、絶技の世界でお会いします

「世界絶技発見
次回は、

フィリピン、エスクリマ
スペイン統治時代に名づけられた、
現地の武術で、狩りの技術が発展したものと言われる

とくに、スティック術はブルースリーの短棒術の原型ともいわれ
素手、ナイフ、スティック術に応用できる。

武器を扱う技術は、そのまま武器を落とした時の関節技にも応用され
その技術は、日本武術のような制圧、護身の技より
殺傷、の技術としての要素が強い。

そのエスクリマの特徴と、もし他流にて対抗するにはどのような技術があるかを考察していきたいと思います。」


別番組になってしまいましたが、
武術うんちくネタはまたいつか更新するでしょう。

そして、世界ぜつぎ発見。
これだとスポンサーは
秘太刀なんだろうなーと。


赤曜スペシャル、糸冬。

(結局なんの番組かわからないのは仕様です)

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テーマ:よし今書いておこう♪ - ジャンル:日記

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2009/07/30(木) 01:30:07 | | #[ 編集]
序文は、自分用のメモも兼ねてます、のでここに書き込みます。


事情は、理解されてらっしゃる。

安心しました。
本文に「世の中狂って」と言う表現がありましたので、(その後のフォローもなかったので)
「高齢者福祉の施設があることへの不満」という現状認識、と読み取ってしまいました。

私は元福祉屋、今も事情から、現場を離れていますが、
福祉の将来について、問題の解決に助力できるよう、学び続けています。

夢破れ、裏切られ、汚さを知った今でも、私は福祉を見捨てられない。

そんな私ですので、「狂った」という表現で、単純な言葉ですが、怒りを感じました。


そんなものなのか、そんな認識なのか。
私財を投げ打って、福祉に尽くした人を知っています。
土地が安いからと、災害に巻き込まれやすい、危険地帯に施設を建てる者がいることも知っています。

良し悪し、共に知っている、そんな私でも、「狂った」という表現は、あまりに直接すぎました。
その狂った施設で、助けられる人もいる。

個人の感想なのですから、それは隠し立ても、脚色も必要はないことです。
が、見る側の立場が変われば、、誤解のようでしたが、こんなにも嫌な気分になる。

ここまで書きましたが

たぶん、その思いは嘘です。
書いてる途中で気づきました。

私は、自分の好きなものを否定された程度では怒れない。
私は自分のことで、怒るのは難しい。
でも、嫌な気分になったのは、間違いない。

こんな気持ちになったのは、
以前、「武術より、武道の方がいいに決まってる」
武術は喧嘩の術だ、のごときコメントをいただいた時以来です。

http://yukainareveres.blog21.fc2.com/blog-entry-486.html#comment504
術は術、道は道の役割がある、なのに、一方的に否定された気分になりました。

武を、否定されたから、怒ったのではありません。
福祉を誤解されると怒るのではありません。

私のまわりに、福祉に誇りを持つ人がいるから、武を愛する人がいるから怒るんです。
武を愛し、福祉を諦めない師を尊敬してます。
そんな師を、否定されたように思う時、回りの好きな人の好きなことを、否定されたとき、
私は怒ってるんだと思います。


・返信


やらねばならないことを、他人に丸投げする、姿。
私も、色々動いてきた身ですので、とてもわかります。
やりたくないから、何もしない、そんな人はいます。

#余談#
最近、私は、マスコミの口調そのままの人を非難しました。
なぜ、自称有識者の言葉を真に受け、自分で考えることをしないのか、と。

この場合、マスコミの方が悪いですが、国民も真に受けすぎです。

例えば、民主から離党した人がいました。
自民からの離党だったら
「党首の統率力失墜」「崩壊のはじまり」「内部からも見切りをつけられる党本部」
と悪印象を植え付けるでしょうが、
テレビでは民主からの離党を、「個人の問題で党は関係ない」と言ってたそうです。

テレビの態度の違い、贔屓に気づかない人を、私は責めました。

植え付けられた悪印象を、引きずるのを、あまりに愚か、と。

#余談終わり。#


ですが、それは、とても傲慢な、責めです。

やれる側、できた側、からしかできない責めです。

やれた側から見ると、やれるのが「当然」。
無理をしてでもやってる側です。

誰かに、自分の基準での「当然」を押し付けてる、とも言えます。

事情もあれば、個人の許容量もあります。
玉ねぎが嫌いな人も、好きな人もいる。

苦難を、笑い飛ばせる人もいれば、死を選ぶ人も。

個人の許容量、を、一人称視点で否定するのは、傲慢かなと。

今回はとても、厳しい言葉になってしまいました。
ごめんなさい。



あと以前のコメントになりますが、

過度な情報化は危険な面もありますが、

発展途上国などでは、その情報化のおかげで
学ぶ環境を、安価に用意できる、という利点があります。

性能が圧倒的に劣るが、消費電力の少ないPCを、太陽電池などで、発電しながら使う。
という試みもあります。

また、先進国でも、大学などの高等教育を資金面から受けられない人も、
ネット上のwikibooksのような学習用教材、未完成ではありますが、学ぶための情報が公開されてます。

私のような生まれてからずっと貧乏だった者には、とてもありがたいものです。
意欲はあっても、資金の余裕がなければ、断念せざるを得ないのです。

学びたいのに、学べない、そんな悔しさは私も経験してます、ですので。
悔しい思いをする人が、少しでも少なくなること、自身の都合ではなく、私は他者の視点から、評価したい。


通信料さえ払えば、今まで高額で学んでいた情報が、公開されている。
学びの歴史的な革命です。


知識だけ得て、人格が伴わない、という可能性はありますが、
その場合、知識もなく人格も伴わない、よりはマシです。
むしろ、学びは人を変えますから、学んだ後も悪質な人は、最初からそうであったと思います。


少しでも、若い世代には、知に触れてほしい、
これから「生まれた時から、ネット環境があるのが当たり前の世代」も生まれるでしょう。
奇妙に思う方もいるかもしれませんが、情報スキルの高い世代が生まれるでしょう。

私はその世代間の、ジェネレーションギャップを、彼らの上の世代として、「才能を摘み取る」「己れより知識を持つ可能性を恐れ、出る杭として叩く」ようなことだけは、しないように注意しなくてはならないと思ってます。

変化する世代、と変化前の世代、どうしても認識のずれはでてきます。
ただ、歩み寄るのは、変化の真っ只中の世代ではなく、むしろ、変化を見てきた世代であるべき、と思うのです。

外側からしか見えない部分はあります。中からしか見えない部分はあります。

でも中の人間は、外からの視点を得ることはできません。
合わせることができるのは、人生経験の多い、外から見てた世代であると思うのです。


長く、色々な話題が混ざってしまいました。
2009/07/30(木) 22:26:23 | URL | 管理人です #-[ 編集]
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