元、赤いスペード・黒のハート
※政治の話題は現在扱っておりません。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

マスコミへの敗北宣言
おしらせ これから、政治についての話題は更新しません。

ランキングにも参加してます


躾と、押し付け教育、の境ってなによ?
躾、身が美しい、と書きますが

~してはいけませんよ、とか
だったりします。

が、マナーだけではなく

ナイフやアイスピックなど
幼児などが気軽に触ると危ないものを、
教えるなども、しつけです。


これしちゃいけませんよ!!

誰のための言葉か?
その躾は、命を守ることにも繋がる。

ですが、この躾も、ある一定の年齢以上になると

「押し付け」
として聞き入れられなくなる。

自我、が芽生え、独立した個として確立しだすと

途端に、誰かの言葉による行動の制限を
「押し付け」と感じるようになる

心理学的には、当然のことです。

「ブレーキをしらない意志」と
「ブレーキをかける外圧」

自由を知った、生まれたての自我は
ブレーキを持たない。


年齢関係なく
ブレーキが外れてしまう、そんな人もいます。

倫理上、いけないことですよ?でも
「不倫は文化」とか言っちゃう人も出てきたり。

(テレビで、理性のブレーキを外すことをそれとなく広めるのは止めてもらいたい。真に受ける、理性の弱い人もいるんです。)


社会では、

人それぞれ

という逃げの言葉がありまして、

最近では

キモイ、とかなんとか

倫理の押し付け」自体を
非難する人までいます


生きかたの押し付けは確かに迷惑なんです。

でも、社会通年上、
共同体で生きる以上、

共通して守ってほしいことぐらいあるでしょう?


人それぞれ、ですか?

押し付け、ですか?

キモイですか?

そうですよね?


ですが、気づいてください。
この議論自体が


個の独立性を守ろうとする本能

共同体を守ろうとする、本能

の対立にすぎない。

私たちは、本能の上で、議論してたにすぎない。


補足

じゃあ、結局
人それぞれ、が結論?

実は、公共の倫理は、
人それぞれ、では困るものがある

どうして
人をころしてはいけないの?

ダメというのも、いいというのも
人それぞれ?

ダメという意見に
納得しないから、ころす!!

とかだと困ってしまいます。

補足2

どうして人を(略)

この疑問を出してはいけないわけじゃないです。

この疑問が出ると
「コイツおかしいんじゃないの?」
と言われてしまう。


人を殺してはいけないのか?
根底に
殺したいのに、ダメと言われた!!なぜ?

みたいな、殺人願望があると思われてるのだと推測します。

そんな疑問が出るのは、きっとこんな理由があるのだろう。
という誤解。

補足3

問いかけと、答え

なぜ?という疑問を

そう決まってるから、

だけで済ませると、
根本的で学問的な問いかけ、の癖
(哲学の才能)を摘んでしまう可能性がある。

好奇心の才能を、奪う可能性があります。

ですが、一方的な、躾が必要な時期があるのも、ご理解ください。

その時期を逃すと、受容できなくなる可能性があります。


補足4

決まってるからだ、それは決まってるからだ

~なのは?昔から決まってたからだ

これでは、思考停止。

考える癖をつけるほうがいいです。

ですが、考えても理由が出ないものもあります。

常に、答えがある、出せるとは限らない。

補足?
子どものうちはな、誰かが叱ってくれるねん。

大人になったら辛いぞ
悪いことしても、ほったらかし、誰も叱ってくれへん。
どうなろうが、辛い目みようが、自己責任ゆうわけや

子どものうちや、ちゃんと叱られるんやで。

って、ああ懐かしや。


関連記事
何で人を殺しちゃいけないの?対策2
アナタの生は、死は、アナタのもの
命の価値、を考えてみる
悪意に対する接し方
護憲思想家、達は、どうしてあんなに攻撃的なのか。
私たちは、どこまでウソを教わっているのだろう。怖くなります。


マスコミへの敗北宣言
おしらせ これから、政治についての話題は更新しません。

ランキングにも参加してます


コメント
この記事へのコメント
人を殺していいのは殺される覚悟のあるやつだけだ!でもてめぇー駄目だ(´・ω・)めっ
色々自分で考えられる時期までは教えてもらうしかないんですよね。
でもそこに愛がなかったり限度を超えた押し付け心を捻じ曲げてしまうことも…人の心は植物とは違い難しいもので。


あと拍手での質問のお答えをここに書いておきますね。
河童は川+童と書くように一般的には河や沼に住まう妖怪ですが、ごくまれに海に住めるものもいるようですね。

河童というより人魚の部類とどう違うの?とか色々疑問はでるんですが、海に住む河童は酒飲みらしいので塩分と合うのかと(笑)
きゅうりいっぱい食って人里でお相撲したいやつもいれば、海でメシよりも酒と少しの肴で満足なやつだっているんじゃないですかね~。
まるで昭和の家庭みたいな人間らしさを感じます(・ω・)勝手なイメージですが
2009/05/23(土) 13:33:04 | URL | そとの道 #JalddpaA[ 編集]
>人を殺していいのは殺される覚悟のあるやつだけだ!でもてめぇー駄目だ(´・ω・)めっ

「お前には権利がある、だが、
――――資格がない」

とか?ですね。

>色々自分で考えられる時期までは教えてもらうしかないんですよね。
>でもそこに愛がなかったり限度を超えた押し付け心を捻じ曲げてしまうことも…人の心は植物とは違い難しいもので。

ある時期を過ぎても教えてばかりで、答えを誰かが教えてくれるのが当たり前になって、自分で考える癖が抜けてしまったり、色々です。


>あと拍手での質問のお答えをここに書いておきますね。
>河童は川+童と書くように一般的には河や沼に住まう妖怪ですが、ごくまれに海に住めるものもいるようですね。

>河童というより人魚の部類とどう違うの?とか色々疑問はでるんですが、海に住む河童は酒飲みらしいので塩分と合うのかと(笑)
>きゅうりいっぱい食って人里でお相撲したいやつもいれば、海でメシよりも酒と少しの肴で満足なやつだっているんじゃないですかね~。
>まるで昭和の家庭みたいな人間らしさを感じます(・ω・)勝手なイメージですが


おお!!、めちゃくちゃ知りたかったことです、わざわざありがとうございます。

そうなんです、カッパって河童ってかくのに、海にいるのもいたりするんですよね。それで疑問に思ってました。

相撲が好きなのに、腕がとれやすいとか、侍に腕切られたり結構多方面でかつやくしてますよね?

薬とかも結構高価なものもって、仲間はちゃんとすみわけしてるイメージです。
もしかすると人間社会より、ほのぼのコミュニティーで住んでるのかも。

人魚との分類、、鱗があるか、ないかとか?でしょうか。
2009/05/23(土) 14:38:54 | URL | 管理人です #-[ 編集]
こんにちは
ひじょうに考えさせられる内容でした。

「何故?」と思うことはひじょうにいいことだと思います。何も考えず、善いか悪いかさえも他人まかせ、または多数決で多い方に従うというような、いわば「金魚のふん」のような責任感のない人間よりかは、いい。
だけど、間違った方向へ向かってしまうと、哲学的・倫理的な見解から外れてしまうと、確かに危険ではありますよね。
純粋に考えるが故に、何故=やってみようということに繋がりやすくもあるわけで。
「知らない」ということの恐ろしさもあるのかも知れませんが。
やはり、一番教えなければいけない点は
「いけないこと」ではなく、「どうしていけないのか」を考えさせる環境なり、教えなのでしょうね。本を読んだり、メディアで考えたりすることも大切だけど、もっと身近な家庭や友人、職場とか学校とかから、自発的に学ぶべきことですよね。


拍手コメント、いつも有難うございますvv
介護や福祉系の前途が少しでも明るい方向に向かっていって欲しいですが・・・
実は私、一念発起しまして。
介護事務の資格をとろうと今勉強中なんです。不安はあるものの、頑張ってみようかと^^

とりとめもないコメントになってしまいました(汗)
また来ます♪
2009/05/24(日) 18:01:17 | URL | 星月冬灯 #-[ 編集]
>ひじょうに考えさせられる内容でした。
>「何故?」と思うことはひじょうにいいことだと思います。何も考えず、善いか悪いかさえも他人まかせ、または多数決で多い方に従うというような、いわば「金魚のふん」のような責任感のない人間よりかは、いい。


昨今のテレビ報道なんかは、視聴者に思考の余地を奪い、結論や善悪の価値基準まで、押し付けようとしてきます。

座っていれば、どんどん運ばれてくる料理、テレビの前でお口をあけて、まるで情報家畜。

それに慣れてしまうと、自分の意志で、思考する能力が衰えてしまいます。

そして、テレビの中の自称「有識者」の言葉の受け売りを言うことが政治参加だと勘違いしたり、
みのっぽく、言いたい放題して責任をとらない、
コメンテーターの言ってることを真似るだけで「関心のある人」社会人として尊敬の対象になったり。

などの現象があらゆる場所で、、
居酒屋政治談義の時は、できるだけ私はうつむいて静かにしてます。。
(ネットで少しは鬱憤をはらしてますが、ストレス溜まります。)



>だけど、間違った方向へ向かってしまうと、哲学的・倫理的な見解から外れてしまうと、確かに危険ではありますよね。
>純粋に考えるが故に、何故=やってみようということに繋がりやすくもあるわけで。
>「知らない」ということの恐ろしさもあるのかも知れませんが。
>やはり、一番教えなければいけない点は
>「いけないこと」ではなく、「どうしていけないのか」を考えさせる環境なり、教えなのでしょうね。本を読んだり、メディアで考えたりすることも大切だけど、もっと身近な家庭や友人、職場とか学校とかから、自発的に学ぶべきことですよね。


環境、なんですよね。
人は、その成長する家庭、地域、社会階層に影響を受けて育ちます。

私なんかは、貧困層出身です。地域ごと、それほど裕福ではなかったのですが、
お金、学歴、なんかのコンプレックスはすさまじかったです。

「勉強できるヤツはオレらを見下してる」「アイツら頭おかしーんだよ」
子どもが本を読んでるだけで、不機嫌になるオトナ。
子どもにすら「自分より“ウエ”になることへの嫉妬」を向けるような人もいました。

持たない人ほど、深いコンプレックスを持ってしまいます。

そんなわけで、子どもさんが、どんなに向上心を持っても
まわりの大人が、受容し、理解せねば、適切な教育は難しいです。


でも、指導者レベルでも「自分の歩んできたやり方」以外は、邪道、と切り捨てる人もいます。
足が早い子にも遅い子にも、同じ内容のトレーニングだけでは、不十分な時があります。

スポーツでもありますよね。
「今までこれでやってきたんだから、口出しするな」とか。
スポーツも、武道も、健やかな精神を育むものなのに、
「自分は、~な実績がある、だから」偉いんだ、とか。


才能や、個性を図るには、それなりの物差しが必要です。
適切に図るには、指導者もある程度のレベルが必要とされます。

子どもさんの個性を適切に図るにも、その才能が深い海のようなものであったら、
ただの物差し、では測れません。
そして、“物差し”で、“重さ”や“色”は測れません。



>拍手コメント、いつも有難うございますvv
>介護や福祉系の前途が少しでも明るい方向に向かっていって欲しいですが・・・
>実は私、一念発起しまして。
>介護事務の資格をとろうと今勉強中なんです。不安はあるものの、頑張ってみようかと^^


おお、、
介護事務の資格、ですね。

医療事務なんかは、注射とかの医療行為なんかについても詳しく学びます。
介護は、制度変わりまくりなんで、キツイでしょうが、応援します。

資格となると、
国家資格、(医者や弁護士のように資格がないと働けないものを、とくに業務独占と呼びます)。
公的資格、(日商簿記など)
民間資格、(TOEICなど)
があります。

介護事務は、民間資格でしたよね?
ちなみに、国家資格の社会福祉士、介護福祉士なども、80年代後半にできた(資格の中では)新しい資格です。

福祉系は資格の優位性が、まだ確立してない部分があるので、悔しい思いをすることもあるかもですが、将来的には、地位改善も期待でき、、、ます(で、あってほしい)。



>とりとめもないコメントになってしまいました(汗)
>また来ます♪


毎度、返信が遅くなってしまい、ごめんなさい。
長くなってしまいましたが、
できるだけ、居心地のいい、労働環境に恵まれるように祈ってます。
2009/05/28(木) 23:13:55 | URL | 管理人です #-[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://yukainareveres.blog21.fc2.com/tb.php/831-c4f8ba27
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
Watch the latest videos on YouTube.com
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。