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生きる、こと、伝えること
命をかけること
人間万事塞翁が馬な趣味Blog 様のサイトへ(私信、タコス新刊とは‥、うかつでした)

死を美化するな、というお話があります

死んだら何も残らない、
死のあとはなにもない

死により、なにかを成そうとすることは愚かだ、
という考え方

死刑反対の皆様とかも、犯罪加害者でも
与えられる死は、許さないという思想の根本原理ですね


違う、残せる、思いを、意志を
伝統や文化、歴史がそうです

文献だけでなく、言葉で、伝えられたお話があるでしょう
なにを伝えたかったの、生き方、死に方でナニを伝えようとしたの?

ここで、わからない、という答えもある
わかる、ことと、完全に一致する、ということは違う
日本語には、言葉に意味の幅がある

共感能力、相手の意思を汲み取ろうとする能力
意志を必要に応じて汲み取ること
潜在的ニーズ、といって本人すら認識していないニーズもあります

心を、思いを、物質以外のものを、
カタチが、見えないものを否定するから
意志や、願いが残らない、と断じてしまうのでしょう

意志は受け継げます、完全でなくても
願いは受け継げます、未来へ残せます

道具を使い、本を書き、またはネットで文章にして
カタチを残すこともできます


世の中には、自身のたどった道を、
人生の後輩達にたどらせようとするものもいる


生き方を固定しないで、いろんな方法を知ってほしい
片側だけでは、、
私は、私の絶望を、未来を生きる人に残したくない

でも、知ることで、くるしむこともあります
誰も、信じてくれない世界で一人ぼっちは辛いですよ



えーと、以前、コメ欄に書いたことですが

生きた記憶を刻みたいと、思い、ブログを立ち上げました
 医学的に死亡が確認されても、人体を構成する細胞全てが、一気に滅するわけでなく。人格の有無が死ならば、睡眠中は、意思を発揮できないから死か?死とは生とは、中々難しいですね。

 リビングウィル、現代の情報媒体を利用する方法はあれど、それが、個人そのものではない。時代と共に、人生、個の記憶を記録できうるメディアの登場も推測できますが、現状では難しいですね。

 俗に言うアカシックレコード、『ない』と、現代の科学で断言はできないでしょう。科学は、所詮、現時点でのより良い仮説に過ぎないですし。

 神智学や、神が死に絶える前の哲学、神秘主義や隠秘学。人が死に、生に、魂について知ろうとする試みは、人々の意思とともに、受け継がれています。一人一人の智恵の繋がりをシナプスと考えるなら、ガイア思想を抜きにしても、人類という種が作り出した命の伝言ゲーム、文化は、また、一つの生命のように思えてきます。

 考察や、基礎学問としてなら、害などないのですが、良薬でも過ぎれば毒、神秘への憧れ・信仰が、利用される場合はあります。

 私自身は、人類にとって埃や垢に近い、と思っております。そんな私が、幸い、こんなチラシの裏な言葉でも、残すことができる。幸せな時代に生まれたものです。

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コメント
この記事へのコメント
 タコスは鮮度が命です。

 死に限らず、その行動を肯定する事と美化する事を混同しがちなんでしょうね。
 それを否定したい人からすると、肯定していると言う事実すら許せない。自分には理解できないものの存在すら許せない。
 ひとつの価値観に対して、反対側に逆方向に向かう価値観ってのが大抵存在する物なんじゃないかと思ったりもするんですけどね。
2008/07/14(月) 20:56:03 | URL | くりふじ #EBUSheBA[ 編集]
なかなか奥が深いですね・・

死を直視できる人間だけが、
充実した生をおくれる。

と私は思ってます。
死を美化するつもりはありませんが、
死が自覚できないと
生も充実させられないんじゃないのか?
と思わされます。
2008/07/15(火) 08:25:02 | URL | 半山 #-[ 編集]
遅くなってしまいました
 そしてなによりもタコスが足りない。遅くなってしまいました、くりふじさん。

 極端な価値観の持ち主は、0か100か、白か黒か、二元対立の世界で、どちらかしか支持できない、そんな世界観を持つ人なんだと思います。折衷より対立、相対より絶対のあり方に染まってしまうのでしょう。
 妥協や、許し、許容、といった部分を、間違い・無駄・必要ないと感じてしまえば、それ以上、分かり合えない。
 内側に取り込まなければ、外側は敵、とか。争いが生まれるのは違う考え方をもった外がいるから悪いんだー、とか。


半山さん、おひさしぶりです。
>死を直視

 めめんともり♪ですね。死を思え、古代ローマから伝わる言葉、キリスト思想と結びつき、死を忘れないことから、生を楽しむ、という教えになる。
 昔の人は、現代人より、情報が少なく、病気に関する知識も少なく、災害も多く(治水や耐火の技術が未発達)、死は現代人より遥かに身近なものでした。そんな昔を生きた人は、死の準備、死を理解するために、哲学や宗教をつくりました。限られた生を、楽しむため。
 仏教哲学なんかは、死の分析として、高度な形而上学になってると思います。
 明日死ぬ、今日死ぬ、死を感じることで、精一杯の生を。楽しく生きましょう。
2008/07/17(木) 02:49:13 | URL | 管理人です #-[ 編集]
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