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死んだら何が残るの?
死んだら人権がなくなるという意見があります
法律的にはそうかもしれません。ですが
死後、人間は意見を主張できません。

反論できない、意思を主張できない、
生きてる人間が一方的に強い立場です。

それはフェアとは言えない。だから
死後も、個人の尊厳は尊重される、
という風に思いたいのです。

たとえ、人権が発揮できなくても、尊厳は守りたい。
それは、遺族の仕事であり、
尊厳ある人間全体の仕事のように思います。

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コメント
この記事へのコメント
生の定義は難しいものですが、すくなくとも能動的活動なり
代謝なりを行う某は元座標に残っておらんでしょうな。
仮に死者の事前運動なり動機なりが連続体として保存されるとしても、
それらの含有情報が再び世に顔を出すことはなかなか無さそうです。

尤も残留思念、あるいはただの「焼き付き」とでも呼ぶべき
生前の「よすが」が残っている可能性は捨てきれません。
知己の記憶に対象の姿が刻まれている場合があるのですから、
連続的な空間の広がりにそれらの情報が、まかり間違って
記憶されている可能性もあるのでは、という事ですな。

無論、科学的検証も証明も一切なされておりません。
ただの空想、時に有害な妄想のお話ですが、参考まで。

それはそれとして、機能の狭間、無情と有情の垣根に揺れる世に
何か(我流の定義であれ)残せるならば、人として幸せかもしれません。
色即是空に去る道もありますが、どちらを選ぶかは人次第、
個々の願いや期待、帰結を汲み取って差し上げられるよう、せめて日々努めたいものです。

以上通りすがりの身ながら、失礼を申し上げました。
2008/02/15(金) 14:37:50 | URL | #-[ 編集]
生きた記憶を刻みたいと、思い、ブログを立ち上げました
 医学的に死亡が確認されても、人体を構成する細胞全てが、一気に滅するわけでなく。人格の有無が死ならば、睡眠中は、意思を発揮できないから死か?死とは生とは、中々難しいですね。

 リビングウィル、現代の情報媒体を利用する方法はあれど、それが、個人そのものではない。時代と共に、人生、個の記憶を記録できうるメディアの登場も推測できますが、現状では難しいですね。

 俗に言うアカシックレコード、『ない』と、現代の科学で断言はできないでしょう。科学は、所詮、現時点でのより良い仮説に過ぎないですし。

 神智学や、神が死に絶える前の哲学、神秘主義や隠秘学。人が死に、生に、魂について知ろうとする試みは、人々の意思とともに、受け継がれています。一人一人の智恵の繋がりをシナプスと考えるなら、ガイア思想を抜きにしても、人類という種が作り出した命の伝言ゲーム、文化は、また、一つの生命のように思えてきます。

 考察や、基礎学問としてなら、害などないのですが、良薬でも過ぎれば毒、神秘への憧れ・信仰が、利用される場合はあります。

 私自身は、人類にとって埃や垢に近い、と思っております。そんな私が、幸い、こんなチラシの裏な言葉でも、残すことができる。幸せな時代に生まれたものです。

 この記事は、殺人事件で、被害者の人権より、加害者を擁護する方への皮肉だったのです。が、言葉の枝葉は伸びるもの、興味深いお話を伺えました。

 こうして、様々な意見を伺うことができる。ありがたいです。コメントありがとうございます。
 よろしければ、またいらしてください。
2008/02/16(土) 01:40:29 | URL | 管理人です #-[ 編集]
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